迷子の賢者は遠きナザリックを思う

第5話

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<獣人(ビーストマン)>



 今回は少々過激な表現が入っています。
 ボッチプレイヤーの冒険のようなほのぼのを期待して読まれている方はお気をつけ下さい。



 如何にペガサスと言えど草むらを進むのは大変だ。
 だから今までは日陰になっていて、なるべく背の高い草が生えていない所を通ってもらっていたんだけど、悲鳴を聞いて助けに行こうとしている今はそんな悠長な事は言っていられないので、ペガサスに1メートルほどの高さで飛んでもらい、先程の声が聞こえた方へと急ぐ。

 「平原にも林の中にもモンスターの気配はなかったし、これはあれかな? 物語でよくある野盗に襲われている商人の馬車って所かな? いや、乗合馬車ってのもありえるか」

 まさかお姫様が乗っている馬車が襲われているなんてことは……流石にないよねぇ、そんな人の乗った馬車なら護衛がいっぱい就いているだろうし。

 そんなことを考えながら進む事しばし、前方から争う声や音が聞こえてきたので、私はペガサスにゆっくりと近づくように指示を出した。
 ここはゲームの中じゃないみたいだから私だって剣で斬られれば痛いし、場合によっては死んでしまうかもしれない。
 だからこそ、もし勝てなさそうな相手だったりしたらいけないから、ここは慎重に偵察をしてから助けに入ろうと考えたのよね。

 ……自分で指示しておきながら言うのもなんだけどさ、翼で飛んでいるはずのペガサスなのにどんな理屈なのかは解らないけどフワフワと浮きながらゆっくり現場に近づいて行った。
 これはあれか? 魔法で飛んでるって設定なの?

 まぁ悩んでいても仕方ないし、おかげで物音を立てずに争う場まで到着できたからよしとしよう。
 と言う訳で私は一旦ペガサスから降りて、木の陰からそぉ〜っと喧騒の場を覗き込んだ。

 「えっ!?」

 私としては剣を振る音や声が飛び交う現場なので、てっきり野盗が馬車を襲っていると言う予想が当たっているものだと思い込んでいたんだけど、そこには私が考えていたのとはちょっと違った光景が展開されていた。

 「獣人? 人が獣人に襲われているの? それにあれって……」

 食べてる!?
 多分護衛の冒険者だと思うけど、私の視線の先では驚く事に殺されたのであろう人を獣人がむしゃむしゃと食べていた。

 まだ全ての護衛が倒されたわけではないけど、どう見ても獣人のほうが優勢に見えるそこでは余裕からか他の者の助けに入らずに狩った獲物を頬張っている獣人の姿があった。

 正直これにはドン引きだ。
 私は異形種のラミアでプレイはしていたけど、本来は人間だから人を食べようとは思わない。
 でもここは異世界で、人以外のものが人を襲って食べると言う事もあるだろう。
 色々なゲームのムービーシーンとかでもドラゴンなどの大型モンスターが兵士を食べるなんてシーンが見られる事からそのような場面に関してはあまり違和感はなかったのよね。

 でも。

 「獣人って二足歩行で人族に近い外見だからゲームとかではプレイヤーキャラとしてもよく使われるし、それが人間を食べているって画はさすがにエグ過ぎるわね。まぁ。現実はこんなものなのかもしれないけど」

 なんか目の前で展開されている光景を見てちょっと現実逃避をしてしまった。
 だけどこの後、事態が急展開する事によって私は現実に戻される事となる。

 「出て…はぁはぁ…きては、出てきては……はぁはぁ、ダメです…エリーナ様」

 「マリー! いやぁ〜! マリィー!」

 何かを引き止めるような女性の声と小さな女の子の泣き叫ぶ声、それを聞いて私は反射的にそちらの方へと目を向けた。
 するとそこには少し豪華な馬車が止まっていて、その入り口をふさぐようにメイドさんが両手を広げて立っていた。

 いや、正確に言えば両手は広げられていない。
 だってそのメイドさんの右手は上腕の半分くらいから先が抉り取られており、その腕を目の前に立っている白いトラの獣人がバリバリとかじっていたのだから。
 そして後ろの馬車の扉からは小さな女の子が泣き叫びながら飛び出そうとしており、それを馬車の中に残っているメイドが必死に押さえとどめていた。

 ちょっと、これは不味いんじゃない?
 護衛は半壊状態でもう馬車を守っている人は誰もいない。
 そして襲い掛かる強そうなトラ獣人の前に立ちふさがっているのはひ弱なメイドさんただ一人だ。

 そしてその懸念は現実のものとなる。

 「じゃまだ!」

 「きゃあ」

 ガンッ!

 トラ獣人が片手を振るっただけで簡単に吹き飛ばされるメイドさん。
 そしてそのトラ獣人の目は馬車の扉に固定されていて、

 「メスの子供か。肉が柔らかそうでうまそうだな」

 そう言って舌なめずりをしてから扉に手をかけて一気に開く。
 多分閂のような物を内側から掛けていたのだろうけど、そんな物はお構い無しで開いてしまった所を見るとかなりの豪腕なのだろう。
 そしてその腕は中にいた小さな女の子を、抑えていたメイドさんごと簡単に外へと引きずり出してしまった。

 「いっ嫌っ! 誰か、誰か助けて」

 今にも泣き出しそうな女の子。

 ブチッ。

 その顔を見て、私の中で何かが切れた音がした。 

 ザッ!

 「この、豚や牛と違って食べる事もできない家畜にも劣る猫畜生が! 汚い手で人間様の子供を触ってるんじゃねぇよ! アアンッ!」

 何も考えずに戦場に躍り出て目の前の獣人に罵声を浴びせかける私。
 騒乱の場が、突然の乱入者の罵声に静まり返る。

 ……。
 ああ、やってしまった。
 本当は相手の力量をちゃんと確かめてから飛び出すつもりだったのになぁ。

 まっ、でもこうなってしまっては仕方がない。

 「おい、そこの小汚い白猫! 何きょどってるんだよ、お前だよお前。家畜にも劣るくせに頭まで悪いのか、これだから小汚い畜生は。その獣臭い汚い手を離せってぇのが聞こえなかったのか? それとも人の言葉が理解できないほど頭悪いのか? 役立たずの上に頭まで悪いなんて、ホント救われねぇなぁ」

 私はとりあえず罵声を浴びせ続けてトラ獣人を挑発し、こいつの頭の中を私への怒りでいっぱいにさせる。
 子供を掴んだままでは私も強力な術を使えないのだから。

 「なっ!? 家畜!? 猫!? てってめぇ!」

 「ば〜か、お前は家畜なんて上等なもんじゃないよ。喰う事もできない家畜以下の存在だって言ってるだろう。何を豚や牛と同列に並ぼうとしてるんだ、図々しい。同格みたいな顔をしてしまって申し訳ありませんって地に額を擦り付けて牛や豚に謝れ、この無駄飯ぐらい」

 グッ、グワォウゥッ!

 白いトラ獣人が大きく吼えた。
 そしてその目は怒りに染まり、こちらを睨みつけて、

 「邪魔だ」

 そう言うと、掴んでいた女の子を放り投げる。

 よし、作戦通り! これでこいつの頭の中は私で一杯になったから、私が倒されない限りあの子に危険は及ばないだろう。
 この馬車の獲物はこいつが独り占めするつもりだったからなのか、他の獣人たちは護衛の人達の方にいるからね。

 さて、ここで問題なのがこいつの強さが解らないと言う事だろう。
 先程まで見ていた感じでは他の獣人たちはたいした強さでは無い気がしたけど、一番美味しそうな獲物を独り占めできるところを見ると、こいつはボスだ。
 モブとボスキャラとでは強さにかなりの違いがあっても不思議ではないから油断するわけには行かない。

 とにかくまずは牽制を。
 ファイヤー系は林で使ったら延焼する可能性があるし、サンダー系は現実になったこの世界ではもしかすると近くで倒れているあの小さい女の子が感電するかもしれないから使えない。

 「攻撃力にちょっと難があるけど、とりあえず牽制をしてあの馬車から遠ざけないといけないからね」

 私は発動が早いだけがとりえの1位階魔法を唱えた。

 「先手必勝! 喰らえ<マジックアロー/魔法の矢>!」

 呪文を唱えると私の周りに10個の光の球が現れ、その内の一つが白いトラ獣人の頭に向かって飛んでいく。

 顔に当たれば例えレジストされたとしても目眩ましにはなる。
 その隙にあの女の子を救出して、その後は残りの9個を順次放って牽制しながらチャンスを待ち、大きな魔法を叩き込もう。

 この時はそんな事を私は考えていたんだ……けど、ねぇ。

 「へっ?」

 私はつい、間抜けな声を上げてしまった。
 だって……。

 どさっ。

 マジックアローを受けて、力なく崩れ落ちる白トラの獣人。

 「なんでこの程度の魔法で即死するのよ……」

 マジックアローの直撃を喰らった白トラ獣人の頭は大きく抉れており、誰が見ても即死していると解る状況だった。
 静まり返る戦場。

 「えっとぉ〜」

 辺りを見渡す私の周りには9個の光る球。
 狩りにいそしんでいた獣人たちはこの瞬間、狩られる側になったのだった。


後書き、だよなぁ



 如何に料理人ビルドだとは言えフレイアは100レベルの賢者ジョブを持つプレイヤーです。
 この世界の獣人(正確にはビーストマン)ではこんな物でしょうね。
 あくまで普通の人間より強いと言うだけで、アダマンタイト級冒険者でも、ある程度の戦線なら維持できるくらいなのですから。


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